中小企業のIT化が進まない理由──ツールより先に決める担当

この記事の要点

  • ITツールが定着しない原因は、ツールより「選ぶ・入れる・定着させる」担当がいないことです
  • 導入の前に、業務の流れ・担当・やめる作業・データの置き場の四つを決めます
  • 補助金が助けるのはツールの費用です。社内で回す担当の問題は別に解きます
  • 定着は入れた後の確認で決まります。確認する人と時期まで先に決めておきます

勤怠のアプリ、クラウドの会計ソフト、社内チャット、顧客管理。入れたはずのツールが半年後には使われず、紙と表計算ソフトと「社長に聞けば分かる」に戻っている。そんな会社の社長から、IT化やDXが進まないという相談をよく受けます。社長は「社員がITに弱いから」と考えがちですが、Tech Bloom の見方は少し違います。

IT化が進まない状態とは、ツールを入れても業務の流れが変わらず、元のやり方と新しいツールが並んで二重の手間になっている状態です。原因の多くは、ツールを選び、入れ、定着させる担当が社内にいないこと、つまり社長が片手間でその役を担っていることにあります。

この記事では、公的な調査で見える中小企業のデジタル化の現状、定着しない原因、導入の前に決める四つ、導入と定着の手順、補助金で解決できることとできないことを順に整理します。

中小企業のデジタル化は、どこで止まっているか

中小企業庁の2026年版中小企業白書 第1部第1章第5節では、デジタル化の取組段階について「段階2」と回答した事業者の割合が約6割を占めるとされています。段階の区分は2025年版の同じ節に説明があり、社内でよく見る姿と並べると次のようになります。

段階白書の説明(要約)社内でよく見る姿
段階1紙や口頭による業務が中心受注も確認も社長への口頭で回る
段階2デジタルツールを利用した業務環境に移行メールや会計ソフトは使うが、業務の流れは昔のまま
段階3業務効率化やデータ分析に取り組む顧客や在庫をシステムで管理し、流れを見直している
段階4ビジネスモデルの変革や競争力強化に取り組む貯めたデータを販路や商品づくりに使っている

段階2から3へ進むには、ツールを「使う」だけでなく、業務の流れを変える必要があります。ここで止まる会社が多いと Tech Bloom は見ています。

同じ2025年版の節では、DXに向けた取組の問題点として、いずれの段階でも「費用の負担が大きい」又は「DXを推進する人材が足りない」と答えた事業者の割合が高いとされています。また、「段階1」の事業者の約半数は、これから取り組もうとしていることを「特にない」と答えています。費用と人。この二つのうち、見落とされやすいのは人のほうです。

定着しない原因は「担当がいない」こと

ITツールの導入には、三つの役割があります。どれも片手間では回りません。

役割中身社長が片手間で持つと起きること
選ぶ業務の流れを見て、要件を決め、候補を比べる営業を受けた順や知人の勧めで決まる
入れる初期設定、既存データの移行、手順書、社員への説明設定が途中で止まり、旧いやり方と並走する
定着させる使われているかの確認、質問への対応、手順の修正誰も確認せず、半年後に元に戻る

社長は、ツールを使ってほしい理由をいちばんよく知っています。ただ、社員からの「これはどう入力するのか」「例外のときは紙でいいか」という質問に毎日答える時間はありません。答えが遅れると、社員は元のやり方に戻ります。戻ったことに社長が気づくのは、数か月後です。

これは、社長しか知らない仕事をほどく「属人化」の話とは別の問題です。属人化は、今ある仕事の中身を社長の頭から出すこと。IT化は、新しい仕組みを入れて回す役を、社長以外の誰かが持つことです。後者が決まらないまま前者に手をつけると、手順書だけが増えます。

導入の前に決める四つ

ツールを選ぶ前に、次の四つを決めます。決めるのは社長ですが、叩き台を作り、関係者の話を聞いてまとめるのは担当の仕事です。

決めること決め方決めずに入れると起きること
業務の流れ今の流れを「誰が・何を受けて・どこへ渡すか」で書き出し、変えた後の流れを書くツールに合わない例外が残り、紙が消えない
担当選ぶ・入れる・定着させるの責任者を一人決める質問の行き先がなく、社長に集まる
やめる作業新しいツールで置き換える作業と、やめる日を決める旧い表と新しいツールの二重入力になる
データの置き場どの情報をどこに置き、誰が見られるかを決める同じ顧客の情報が三か所にあり、どれが正しいか分からない

いちばん抜けやすいのが「やめる作業」です。新しいツールを足すだけで、旧いやり方を止める日を決めない。これが二重の手間を生みます。

白書で紹介された製造業の事例でも、経営者が「既存のデジタルツールに合わせて仕組みを変えていくことだ」と語っています。ツールに合わせて流れを変えるには、変えた後の流れを誰かが書き、社員と合意する必要があります。業種の例として、EC・通販の管理画面に届く受注や問い合わせを社長から渡す手順は「EC・通販の受注と問い合わせ対応」に書いています。

IPA が案内しているDX推進指標も、経営者や社内の関係者が現状や課題の認識を共有し、アクションにつなげるための気付きの機会と位置づけられています。四つを決める場は、この「認識をそろえる」作業そのものです。

導入の手順

四つが決まったら、次の順で進めます。

  1. 困りごとを一つに絞る。 「請求書の作成に毎月時間がかかる」のように、効果を確かめられる一つを選ぶ
  2. 候補を二つか三つに絞って試す。 無料の試用期間や見本の画面で、書き出した業務の流れに乗るかを確かめる
  3. 決める。 費用、使う人数、既存データの移し方、やめる作業の日付を一枚にまとめ、社長が決める
  4. 設定とデータの移行。 担当が進め、最初の手順書を一枚で作る
  5. 小さく始める。 一つの部署や一つの業務から始め、例外の扱いを決めてから広げる
  6. 旧いやり方を止める。 決めた日に、旧い表や紙の様式を使えなくする
  7. 確認の予定を入れる。 入れてから1か月後と3か月後に、使われ方を確認する日を先に決めておく

2025年版の白書では、社内のボトルネックを特定し、できるところから必要最小限の取組を行う「身の丈DX」の事例が紹介されています。全部を一度に替えようとしないことが、定着の近道です。

新しいツールは、会社の情報を外に置くことでもあります。IPA の中小企業の情報セキュリティ対策ガイドラインは、経営者が認識し実施すべき指針と、社内で対策を実践する手順をまとめたもので、第4.0版ではバックアップの項目が加わり「情報セキュリティ6か条」になりました。アカウントの発行と停止、共有の範囲も、担当が持つ仕事です。

補助金は「ツールの費用」の話

IT化の話になると、補助金が話題にのぼります。2025年までの IT導入補助金は、現在はデジタル化・AI導入補助金という名前です。公式サイトの制度概要では、労働生産性の向上を目的として、業務効率化やDX等に向けたITツールの導入を支援する補助金とされ、相談対応等のサポート費用やクラウドサービス利用料等も補助対象に含まれるとされています。申請は、事務局に登録された「IT導入支援事業者」とパートナーシップを組んで行います。

申請・手続きのフローを見ると、交付申請の要件として GビズIDプライムの取得と、IPA の「SECURITY ACTION」の宣言が必要です。GビズIDプライムの発行には、おおむね2週間かかるとされています。つまり、補助金を使う場合も、事前の手続きを進める担当が社内に要ります。

補助金で助かること補助金では解決しないこと
ITツールの導入の費用どの業務の流れを変えるかを決めること
支援事業者による相談対応などのサポート社内でやめる作業を決め、止めること
導入を決めるきっかけ使われているかを確かめ、直し続けること

支援事業者はツールの導入を支えてくれますが、社内のどの作業をやめるか、例外をどう扱うかは、会社の中で決めることです。申請の作業を誰が担うかは「補助金の申請は誰がやる」で整理しています。

定着を確かめるチェックリスト

入れてから1か月後と3か月後に、次を確かめます。

  • 対象の業務で、新しいツールだけが使われている
  • 旧い表や紙の様式が、決めた日に止まっている
  • 社員の質問の行き先が、社長ではなく担当になっている
  • 手順書が一枚あり、例外の扱いが書き足されている
  • データの置き場が一つで、同じ情報が二か所にない
  • 退職者や外注先のアカウントが止まっている
  • 最初に決めた困りごとが、実際に軽くなっている
  • 次に広げる業務と時期が決まっている

確かめる場は、新しく会議を作る必要はありません。既存の定例の議題に「ツールの使われ方」を一行足せば足ります。定例の回し方は「会議を減らして回す・定例と議事録の型」をご覧ください。

うまくいかないパターン

  • ツールから選ぶ。 流行りの製品や営業の提案から入り、業務の流れに合わないことに後で気づく
  • 担当が「詳しい社員」になる。 若い社員に任せたものの、本来の仕事の合間では、質問対応と手順の修正が回らない
  • 一度に全部替える。 会計も勤怠も顧客管理も同時に入れ、どれも中途半端に終わる
  • やめる日を決めない。 新旧が並んだまま、二重入力が当たり前になる
  • ベンダーに社内の決定まで任せる。 設定は進むが、社内の例外や権限の線が決まらない
  • 補助金の締切からさかのぼって決める。 申請に間に合わせることが目的になり、使う人の準備が後回しになる

Tech Bloom の現場では

Tech Bloom は外部COO(COO代行・社外COOとも呼ばれます)として、IT化では「担当」の役に入ることが多くあります。進め方は、聞く → 整理する → 動かす → 仕組みにする、の順です。

まず社長と現場から今の業務の流れを聞き、困りごとを一つに絞ります。次に、業務の流れ・担当・やめる作業・データの置き場の叩き台を作り、社長に決めていただきます。ツールの比較、ベンダーや専門家との調整、手順書づくり、社員への説明と質問対応、1か月後と3か月後の確認までを引き受けます。どのツールを入れるか、いくら払うかを決めるのは社長で、契約の締結や支払いは社長が行います。

裏側の調査や下書きに AI を使う考え方は「AIを裏側で使う右腕」で説明しています。社長の手元にどんな仕事が残っているかを先に洗い出したい場合は「社長業務の棚卸し」、COOの仕事そのものの範囲は「COOの役割とは」をご覧ください。サービスの中身はサービス、料金は料金プランにまとめています。

まとめ

  • IT化が進まない原因の多くは、ツールではなく、選ぶ・入れる・定着させる担当がいないこと
  • 白書でも、DXの問題点として費用と並んで推進する人材の不足が挙がっている
  • 導入の前に、業務の流れ・担当・やめる作業・データの置き場を決める
  • 一つの困りごとから小さく始め、旧いやり方を止める日を決める
  • 補助金はツールの費用を助けるもの。社内で回す担当は別に決める
  • 1か月後と3か月後に、使われ方を確認する

よくある質問

ITに詳しい社員がいないと、IT化は進みませんか

詳しさより、担当として時間を取れることのほうが大切です。業務の流れを書き出し、やめる作業を決め、質問に答える役は、IT の専門知識がなくても担えます。設定などの専門的な部分は、ベンダーの支援を受ければ足ります。

IT導入補助金を使えば、DXは進みますか

補助金はツールの導入費用を助けるもので、社内の業務の流れを変える役までは担いません。申請には GビズIDプライムや SECURITY ACTION の宣言など事前の手続きもあります。補助金を使う場合も、社内の担当を先に決めてください。

どのツールを選べばよいか分かりません

先にツールを探すのではなく、困りごとを一つに絞り、変えた後の業務の流れを書き出してください。その流れに乗るかどうかで、候補を二つか三つに絞って試すと選びやすくなります。

社員が新しいツールを使ってくれません

多くの場合、旧いやり方が残っていて、そちらのほうが楽だからです。やめる日を決めて旧い様式を止め、質問の行き先を担当に一本化してください。使われない理由を聞き、手順書を直すのも担当の仕事です。

ベンダーに任せれば、担当はいらないのでは

ベンダーはツールの設定や使い方を支えてくれますが、社内のどの作業をやめるか、例外をどう扱うか、誰に何を見せるかは会社が決めることです。社内でそれを取りまとめ、社長の判断を仰ぐ役は残ります。

参考・出典

  1. 2026年版 中小企業白書 第1部第1章第5節 デジタル化・DX(中小企業庁。確認日 2026-09-26)
  2. 2025年版 中小企業白書 第1部第1章第5節 デジタル化・DX(中小企業庁。確認日 2026-09-26)
  3. デジタル化・AI導入補助金 制度概要(中小企業基盤整備機構。確認日 2026-09-26)
  4. デジタル化・AI導入補助金 新規申請・手続きフロー詳細(中小企業基盤整備機構。確認日 2026-09-26)
  5. DX推進指標(情報処理推進機構。確認日 2026-09-26)
  6. 中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン(情報処理推進機構。確認日 2026-09-26)

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