この記事の要点
- 中小企業の属人化は、社員より社長に集中します。作業・判断・関係の3種類に分けて見ます
- マニュアル化は、社長が書くのではなく、聞き取って書き起こし、試して直す手順で進めます
- いちばん効くのは作業の手順書ではなく、値引き・支払条件・受注可否の「聞く/決める」ラインです
- 完璧なマニュアルを目指すと止まります。まず一つ、社長に戻ってくる仕事から始めます
「社長がいないと分からない」「その件は社長に聞いてください」。社員からこの言葉が出る会社では、仕事の手順も、判断の基準も、取引先との関係も、社長の頭の中にあります。社長が休めない、社長の時間がない、決めたことが社長のところで止まる。原因の多くは、この属人化です。
属人化とは、仕事の進め方・判断・関係が特定の人の中にあり、その人がいないと止まる状態のことです。中小企業では、その「特定の人」が社長であることが少なくありません。社員の属人化は担当を変えれば分かりますが、社長の属人化は社長が抜けるまで見えないため、後回しになりがちです。
この記事では、属人化の3種類、社長に集中する理由、マニュアル化の手順、判断基準の書き方、関係の属人化のほどき方、うまくいかないパターン、チェックリストを整理します。社長の仕事を書き出す作業そのものは「社長業務の棚卸し」に書いたので、この記事は、書き出したあとに「どうやって社長の外に出すか」を扱います。
属人化は3種類ある
結論から言うと、属人化は「作業」「判断」「関係」の3種類に分けて見ると、ほどき方が変わります。マニュアル化というと作業の手順書を思い浮かべますが、社長に集中しているのは判断と関係のほうです。
| 種類 | 社長の中にあるもの | 社員に見える症状 | ほどく道具 |
|---|---|---|---|
| 作業の属人化 | 手順、ファイルの場所、使う書式、過去の経緯 | 「やり方が分からない」「社長のパソコンにしかない」 | 手順書、置き場の統一、書式 |
| 判断の属人化 | 値引き・納期・受注可否などの基準、優先順位のつけ方 | 「これで進めていいですか」が毎回来る | 判断基準の表、「聞く/決める」ライン |
| 関係の属人化 | 取引先・金融機関・専門家との関係、相手の事情の記憶 | 「先方は社長としか話さない」 | 窓口の複線化、関係の記録、同席 |
中小企業基盤整備機構の J-Net21 は事業承継の一般的な手続きと内容の中で、知的資産の承継として、経営者個人の人脈に依存している取引先との関係を組織としての関係に移行させること、職人の勘や経験に頼っている技術・ノウハウをマニュアル化・デジタル化することを挙げています。事業承継の文脈ですが、社長が現役のうちにやることは同じです。
Tech Bloom の現場で見る典型は、作業の手順書はあるのに社員が社長に聞きに来る、という形です。手順は書いてあっても、「この場合はどうするか」の判断が書かれていないからです。作業の属人化をほどいただけでは、社長の時間は戻りません。
なぜ「社長しか知らない」が残るのか
社長しか知らない仕事が残るのは、社長が意図して抱えているからではありません。創業からの積み重ねで、判断の基準が社長の経験そのものになり、言葉にする機会がなかっただけです。だから、社長に「基準を書いてください」と頼んでも、たいてい書けません。本人には当たり前すぎて、何が基準なのか分からないからです。
この構造は、事業承継の場面で問題として表に出ます。中小企業庁の2025年版中小企業白書 第1部第1章第9節では、中小企業の経営者年齢の水準は依然として高く、60歳以上の経営者が過半数を占めていると報告しています。同じ節は、事業承継に要する期間として3年以上を要すると回答した割合が半数を超えている、とも述べています。中小企業庁の事業承継のページも、中小企業経営者の高齢化は深刻だとしています。
承継に時間がかかる理由の一つが、この属人化です。J-Net21 の同じ記事は、後継者の育成と並行して、属人化している業務を見直し、マニュアル化やIT活用を進めるなど「誰が経営者になっても回る組織体制」を構築する、と書いています。白書の第2部第1章第5節も、事業承継は一朝一夕にはいかない、と述べています。承継が近い会社にとっては準備そのものであり、承継がまだ先の会社にとっても、社長の時間を取り戻し、決めたことが進む会社にするための作業です。社長の仕事を後継者が引き継げる形に残す順番は「事業承継の準備は何から」に書いています。
社長の時間がどこに使われているかを先に見たい場合は、社長の時間がない本当の理由の1週間の記録から始めると、属人化している仕事が浮かび上がります。
マニュアル化の手順
社長が書くのではなく、聞き取って書き起こす。これが手順の中心です。順番は次のとおりです。
- 対象を一つ選ぶ。社長に戻ってくる頻度が高く、止まると影響が大きい仕事から。最初から全部はやらない
- 聞き取る。社長に「どうやっているか」を実際の案件に沿って話してもらう。聞き手は社員か外部の右腕。「なぜそうするのか」を必ず添えて聞く
- 書き起こす。聞き手が手順と、途中で出てきた判断の分かれ目を書く。社長は読んで直すだけ
- 判断基準を言葉にする。「この場合はどうするか」を集め、「聞く/決める」のラインを表にする(次の節)
- 試す。書いたものだけを見て、社員が1件やってみる。社長は手を出さず、詰まった箇所を記録する
- 直す。詰まった箇所を書き足し、もう1件試す。2回まわれば、当面は使える
| 手順 | 作るもの | 社長がやること | 聞き手・社員がやること |
|---|---|---|---|
| 1. 選ぶ | 対象の一覧(1つに絞る) | 選ぶ | 候補を出す |
| 2. 聞き取る | 録音か聞き取りメモ | 話す | 聞く。「なぜ」を添える |
| 3. 書き起こす | 手順の下書き | 読んで直す | 書く |
| 4. 言葉にする | 判断基準の表 | 例外を答える | 分かれ目を集める |
| 5. 試す | 詰まった箇所の記録 | 手を出さない | 書いたものだけで1件やる |
| 6. 直す | 使える版 | 承認する | 書き足す |
聞き取りは、社長が最も時間を使わずに済む方法です。話すだけなら、実際の案件に沿って30分ほどで一つの仕事の全体が出てきます。書き起こしは、聞き手が担います。この工程で AI を裏側に使い、録音の文字起こしから下書きを作る進め方は「AI を裏側で使う右腕」に書きました。ただし、判断基準を決めるのは社長で、書き起こしの確認も人が行います。
判断基準の書き方:「聞く/決める」ライン
マニュアル化で最も効くのは、判断基準の表です。社員が「これで進めていいですか」と聞きに来る回数が、この表の出来で決まります。書き方は単純で、判断の項目ごとに「社員が決めてよい範囲」「社長に聞く範囲」「社長が決める範囲」の三つに線を引きます。
| 判断の項目 | 社員が決めてよい | 社長に聞く | 社長が決める |
|---|---|---|---|
| 値引き | 定価から一定の率までの範囲(率は社長が決める) | 範囲を超える要望。既存の取引先の条件変更 | 新しい価格体系、特定の取引先だけの特例 |
| 支払条件 | 標準の条件(締め日・支払日・方法)どおり | 支払日の延長、分割の相談 | 前払い・保証など標準にない条件 |
| 受注の可否 | 標準の商品・サービスで、納期と人員が足りる案件 | 納期が標準より短い、仕様が標準にない | 新しい分野の案件、大口で他の案件に影響する案件 |
| 納期の変更 | 社内の都合で前倒しできるもの | 取引先からの短縮の要望 | 他の取引先の納期に影響する変更 |
| クレーム対応 | 決まった対応(再送、交換、謝罪の連絡) | 金銭の返還、契約条件に関わる要望 | 取引の継続そのものに関わる判断 |
表の中の率や金額は、この記事では書いていません。会社ごとに社長が決める数字です。大事なのは数字そのものより、三つの列に線があることです。線があれば、社員は「聞く」列に当たるものだけを持ってきます。社長の側も、「決める」列だけを見ればよくなります。この線を仕事ごとの任せ方として設計する手順は「権限委譲の進め方」に書いています。
この表は一度で完成しません。運用してみて「聞く」に来た件のうち、社員が決めてよかったものは左に、社長が決めるべきだったものは右に動かします。月に一度、来た確認を並べて線を動かすと、半年ほどで確認の数は目に見えて減ります。決めたことが進まない会社ほど、この線がなく、判断の場が社長の机になっています。その構造は「決めたことが進まない」に書きました。
関係の属人化をほどく
取引先・金融機関・専門家との関係は、手順書には書けません。ほどき方は、窓口を複線にし、関係の記録を残し、同席の機会を作ることです。
- 主要な取引先ごとに、社長以外の窓口を一人決め、先方に紹介する
- 相手の事情(担当者の交代、決裁の流れ、過去のトラブル)を、案件と一緒に記録に残す
- 社長が出る打ち合わせに、窓口となる社員か右腕が同席し、議事録を残す
- 社長でなければならない場面(条件交渉、トラブルの最終対応)は残し、それ以外を移す
関係の記録は、秘密保持と個人情報の扱いに関わります。取引先の情報を誰がどこまで見てよいかは、先に決めておく必要があり、確認点は「秘密保持のチェックリスト」にまとめています。
会社全体の「これまで」と「これから」を整理する公的なツールもあります。中小企業庁の事業承継を実施するページは、引継ぎの準備の段階で使うものとして、事業承継診断、ローカルベンチマークと並べて経営デザインシートを紹介しています。内閣官房の経営をデザインするページによると、経営デザインシートは、将来の経営の基幹となる価値創造メカニズムをデザインして在りたい姿に移行するためのシートです。社長の頭の中にある会社の全体像を、社員や後継者と共有する入口として使えます。
切り出した作業をオンライン秘書や BPO に渡すか、判断を含む実務として外部COOに渡すかは、オンライン秘書・BPO・外部COOの違いで整理しています。
うまくいかないパターン
マニュアル化は、始めるより続けるほうが難しい取り組みです。Tech Bloom の現場で見るのは次のものです。
| パターン | 起きること | 避け方 |
|---|---|---|
| 完璧なマニュアルを目指す | 全業務を網羅しようとして、最初の1本が完成しない | 社長に戻ってくる仕事を一つ選び、2回試したら使い始める |
| 社長が書く | 書く時間が取れず止まる。書けても「当たり前」が抜ける | 社長は話す・直す・承認する。書くのは聞き手 |
| 作業の手順だけ書く | 手順書はあるのに、判断で社長に聞きに来る | 「この場合はどうするか」を集め、判断基準の表を先に作る |
| 例外を全部書こうとする | 表が膨らみ、誰も読まない | 例外は「聞く」列に置く。運用で線を動かす |
| 作って渡して終わる | 使われず、半年後には現状と合わなくなる | 使う場面を決め、月に一度、来た確認で直す |
| 社員だけで進める | 社長の判断基準が聞き出せず、推測で書いてしまう | 聞き取りは社長と、書き起こしは社員か右腕で |
一番多いのは「社長が書く」です。書くこと自体が社長の時間を使い、しかも本人には当たり前のことが抜けます。聞き手を立てることが、手順の中で最も大事な一手です。
属人化がほどけているかのチェックリスト
3か月ほど運用した時点で確認してください。当てはまらない項目が、次に手をつける場所です。
- 社長に戻ってくる仕事の一覧があり、頻度と影響の大きさで順位がついている
- そのうち一つ以上に、聞き取りから作った手順書がある
- 値引き・支払条件・受注可否について、「聞く/決める」の線が表になっている
- 社員が「聞く」列に当たるものだけを持ってくるようになった
- 月に一度、来た確認を並べて線を動かす場がある
- 主要な取引先ごとに、社長以外の窓口が決まっている
- 取引先の事情が、社長の記憶ではなく記録に残っている
- 社長が1週間不在でも、標準の案件は止まらない
- 手順書と判断基準の置き場が一つに決まり、社員が見に行ける
Tech Bloom の現場では
Tech Bloom は、社長の右腕・外部COOとして、この聞き取りと書き起こしを担っています。外部COOは COO代行・社外COOとも呼ばれ、役割の範囲は「外部COOとは」に書きました。最初の30分の面談では売り込みをせず、その場で右腕として引き取れる仕事を整理してお伝えします。1か月のトライアルでは、社長へのヒアリングと業務の棚卸しを行い、社長に戻ってくる仕事のうち、最初にほどくべき一つを決め、最初の90日の優先順位と本契約の範囲をご提案します。
本契約では、社長から聞き取り、手順書と判断基準の表を下書きし、社員と一緒に試して直すところまでを進めます。会議の運営や議事録、資料・マニュアルなどの実務はプランに含まれ、判断基準の数字と例外を決めるのは社長です。取引先の情報は会社ごとに分けて管理し、AI は文字起こしや下書きの裏側で使い、確認は必ず人が行います。プランの詳細は料金、進め方はサービスの案内、業種ごとの例は実例をご覧ください。
まとめ
- 属人化は作業・判断・関係の3種類。社長に集中しているのは判断と関係
- 白書では60歳以上の経営者が過半数、承継に3年以上かかる回答が半数超。属人化をほどくことは承継の準備でもある
- マニュアル化は「聞き取る→書き起こす→判断基準を言葉にする→試す→直す」。社長は書かない
- 最も効くのは「聞く/決める」ラインの表。数字は社長が決め、線は運用で動かす
- 関係は窓口の複線化と記録と同席でほどく。秘密保持の線引きを先に決める
- 完璧を目指さず、社長に戻ってくる仕事を一つ選んで始める
よくある質問
属人化の解消は、何から始めればよいですか
社長に戻ってくる頻度が高く、止まると影響が大きい仕事を一つ選び、聞き取りから始めてください。作業の手順より、判断の分かれ目を先に集めると効果が出やすいと考えています。
社長が忙しくて、聞き取りの時間が取れません
聞き取りは、実際の案件に沿って話してもらうだけなので、一つの仕事につき30分ほどです。書く時間は不要で、社長が使う時間はこの聞き取りと、下書きを読んで直す時間だけです。
判断基準を書くと、社員が機械的になりませんか
基準は「社員が決めてよい範囲」を広げるためのもので、縛るためのものではありません。線があるほうが、社員は聞かずに動ける範囲が分かり、むしろ動きやすくなります。例外は「聞く」列に残しておけば、判断の質は落ちません。
事業承継の予定はまだ先です。今やる意味はありますか
あります。属人化をほどくことは、承継の準備であると同時に、今の社長の時間を戻し、社長が不在でも会社が回る状態を作る作業です。承継が近づいてから始めると、白書が示すとおり時間がかかります。
マニュアルは誰が管理すればよいですか
置き場を一つ決め、更新の担当を一人決めてください。社長でなくて構いません。月に一度、来た確認を並べて線を動かす場を作れば、更新は自然に回ります。社内に担当がいない場合は、外部COOが管理と更新を担う形もあります。
参考・出典
- 事業承継の一般的な手続きと内容(経営ハンドブック)(中小企業基盤整備機構 J-Net21。確認日 2026-09-25)
- 2025年版 中小企業白書 第1部第1章第9節 事業承継(中小企業庁。確認日 2026-09-25)
- 2025年版 中小企業白書 第2部第1章第5節 経営者の成長意欲(中小企業庁。確認日 2026-09-25)
- 事業承継を知る(中小企業庁。確認日 2026-09-25)
- 事業承継を実施する(中小企業庁。確認日 2026-09-25)
- 経営をデザインする(経営デザインシート)(内閣官房 知的財産戦略本部。確認日 2026-09-25)
まずは30分、状況を聞かせてください
「何が属人化しているか分からない」という段階でも構いません。その場で、右腕として引き取れる仕事を整理してお伝えします。お問い合わせからどうぞ。


